「貧困と歯科」~格差社会における貧困と歯科治療の現実~

最終更新日:2024年6月15日

「格差」という言葉からどんなことを連想しますか?

 

真っ先に思い浮かぶのは所得格差ではないでしょうか。低所得者はますます貧しくなり、高所得者には富が集中しています。非正規雇用、ひとり親世帯、高齢者世帯では貧困率が高くなる傾向にあります。

 

それ以外にも教育格差、地域格差、情報格差、健康格差などがあります。

 

教育格差は教育年数が長いほど収入は増加傾向にあり、教育年数が短い人は長い人より死亡リスクは1.5倍高いと言われています。

 

教育格差は親だけの問題ではなくその子どもにも影響し、家庭での経済格差が教育格差に直接的に関係してきます。学校教育以外に塾での学習時間が教育格差に結びつくため、教育格差は10歳ごろからあらわれてくるといわれています。これは貧困家庭では塾に通わせることが困難なことが原因です。

 

東京大学に通う大学生の多くの世帯所得は1000万を超えているというデータもあります。

地域格差は都市部の方が地方よりも賃金が高く、最低賃金も都市部と地方では拡大傾向にあります。(ただし、家賃や生活費は地方の方格安です)

 

 

情報格差(デジタル・デバイド)は信憑性のある正確な情報や素早く入手できなければ情報弱者として世間から取り残されてしまいます。インターネットが使えないために情報収集を地上波のテレビにばかり頼っている高齢者などは情報弱の代表例と言ってもよいでしょう。

 

健康格差は文字通り健康状態に差が出てしまうことで、健康格差は健康寿命にも直結します。

健康格差の原因はいろいろありますが、所得格差、地域格差、情報格差の全てが関係しています。

 

今回は歯科診療室で見られる「歯科的健康格差」について考えてみたいと思います。

 

歯科的診療格差で代表的なものは「治療費がない」「保険料を払えず無保険である」というものです。日本の多くの歯科医師は歯科医師国家試験に合格し歯科医師免許を手にしますが、それとは別に各都道府県に「保険医」というものを申請します。

 

これは患者さんが持参した保険証を使って保険治療をするために必要な届け出です。(保険医の申請をしないで自費治療だけをする歯科医師もいます。)

 

 食べていくのが精一杯で歯科治療の費用が出せない家庭も珍しくありません。

 

実際に「1か月に払える治療費は5000円しかないので治療費が5000円を超えるようなら、治療は来月にして欲しい」「一回の治療に出せるお金は2000円しかないので、2000円以内で治療をして欲しい」「入れ歯を作るのにいくら必要か、作る前に教えて欲しい」「毎回、次の治療の値段を教えて欲しい」などと患者さんに言われることもあります。

 

 以前、患者さんに治療に必要なレントゲン写真を撮影したい旨を伝えたら「お金がかかるから、(レントゲン)写真をとらないで治療して欲しい」と言われたことがあります。(この時は資料がなければ診断できないこと、勘に頼っての治療はしないことを伝えてレントゲン撮影に同意してもらいました)。

 

 

 日本人は「国民皆保険」といって何らかの健康保険に加入する必要がありますが、健康保険証を持っていないという患者さんも遭遇したことがあります。

 

 60代の男性だったのですが、何年も健康保険証を持っていないとのこと。本人に聞いても理由は不明のままでした。年齢的なこともあり、今後体調を崩したり、病気になった場合は大変なことになるのでまずは市役所に行って相談してみるように伝えましたが、結局10割負担のまま治療を終えました。

 

健康保険証がない場合、多くの歯科医院では10割分の負担をしてもらい、同月内に保険証を持ってきた場合は7割分返金するという手続きをとります。

 

この患者さんには後日談があり、昨年10数年ぶりに来院されましたが、国民保険に加入しており一安心しました。

 

家計がひっ迫している場合、本人だけの問題ではなく子どもにも影響します。知人の歯科医師の話ですが「毎月1回は歯ブラシを新しいものに換えましょう」と指導したところ「家族分の歯ブラシを買うお金がないので家族全員で1本の歯ブラシを使っています」という答えが返ってきたそうです。

 

20237月に厚労省が発表した日本の貧困率は15.4%。貧困率は改善してきていますが、まだまだ問題は山積みです。ただ単に寿命を延ばすのではなく「健康寿命」を伸ばし「医療費を削減すること」が超高齢化社会となった日本の緊急の課題のひとつでしょう。

 

コラムニスト:大澤優子

株式会社ケロル 代表取締役
歯科医師

八戸市出身。岩手医科大学歯学部卒業後10年の勤務医生活を経験し、その後大澤歯科医院副院長となり現在に至る。

 

医院とスタッフのマネジメント、子育てで悩んでいた40代で個性心理學と出会い、個性心理學認定講師として一部上場企業、歯科デーラー、小児科医院などでの講演を多数行っている。

 

青森市大澤歯科医院「ママさん歯科医師Dr. YUKO」のブログで女性歯科医師としての目線で、日々の診療、働く女性として、子育てのことなどを発信中。

 

●青森市大澤歯科医院「ママさん歯科医師Dr. YUKO」のブログ
https://ameblo.jp/dr-yuko0610/

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執筆者
池上文尋

池上文尋

北里大学獣医学部 動物資源科学科卒 
大学時代、現在、人に使われている生殖医療の基本技術を学ぶ。
卒業後、外資系製薬企業に所属し、12年間、製薬企業のマーケティングスタッフとして勤務する。(ノバルティス・メルクセローノ・ファイザー)

特にセローノでは不妊治療に使うホルモン剤を中心に扱っていたので、不妊治療に関わる先生方と深く関わることになった。

2000年7月に株式会社メディエンスを設立、日本全国の産婦人科クリニックや病院の広報やブランディングをサポートする事業を開始。また、製薬企業向けのポータルサイトを制作、製薬企業のスタッフ教育に関わる。

不妊治療に造詣が深く、妊娠力向上委員会、胚培養士ドットコム、日刊妊娠塾という不妊治療関係のネットメディアを運営している。また、不妊治療関係の企業へのコンテンツ提供を行っている。

2002年より、オールアバウトの不妊治療ガイドとして16年間執筆・編集に従事。その他にも不妊に関する多くの著書、映画、調査などのアドバイザーとして関わる。

不妊治療の取材で訪れたクリニックや病院、関係施設は300を超え、日本で最も不妊関係の取材を行っている一人である。現在もその姿勢は変わらない。

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