弘前大学 特任教授 中路 重之 先生のインタビュー記事

最終更新日:2020年5月5日

健康ビッグデータで短命県返上と地域経済活性化の同時実現をめざす産学官民一体型青森健康イノベーションプロジェクト(岩木健康増進プロジェクト)。

プロジェクトリーダーの弘前大学の中路 重之 特任教授インタビュー!

 

今回は、青森県弘前市岩木地区にて2005年に始まった岩木健康増進プロジェクト(以下、岩木P)にて、中心的役割を担われている弘前大学大学院医学研究科 社会医学講座の中路重之特任教授にお話を伺いました。

 

岩木健康増進プロジェクトとは、平均寿命が短い青森県の中でも下位にあった岩木地区(旧岩木町)において、その原因を探り、生まれ変わらせることができないだろうかという背景のもとで立ち上がったプロジェクトです。

 

2005年からこれまで途切れることなく調査を進めてこられたことや、産学官民連携での取り組みがなされていることが評価され、第1回日本オープンイノベーション大賞(内閣総理大臣賞)や第7回プラチナ大賞(総務大臣賞)も受賞されました。

 

日本だけではなく世界が注目している大プロジェクトです。

 

今回は中路教授にプロジェクトを始められたきっかけや、今後の展望など多岐に渡ってお話頂きました。興味深い内容が満載ですので、ぜひご覧ください。

弘前大学
特任教授
中路 重之
先生

弘前大学医学部卒。2004年9月弘前大学大学院医学研究科社会医学講座教授に就任し、2017年4月には同講座の特任教授となる。専門は癌の疫学、地域保健、公衆栄養、産業保健、スポーツ医学。

ドクターになられたきっかけについて教えてください

私は4歳の頃、三輪車に乗っていた時に道路へ飛び出し、避けようとした自動車のドライバーが亡くなってしまうという事故を経験しています。

 

その方は不幸にも亡くなってしまったのですが、小さなお子さんもいらっしゃったということです。それ以来、ことあるごとに両親が「医者になれ」と言うようになったようです。

 

医師になってからは臨床医として7、8年過ごしていましたが、私は当初から、現在、行なっているような公衆衛生、つまり、人を健康にしていくような仕事が自分に合っていると感じ、のちに公衆衛生の道に進みました。

 

短命県返上プロジェクトの始まりについて教えていただけますでしょうか

2005年の岩木Pがスタートになります。

その当時は、ここまで広がるとは思っていませんでしたが、それでもある程度のイメージ(短命県返上の達成、弘前大学の活性化など)はしていました。

 

短命県というのはまず、平均寿命が全国最下位だということ、それから全ての年代の死亡率が高い、ほとんどの病気で亡くなっているということを示しています。

 

では、どうしたらそれを解決できるのかと考えた時に、答えというのはわからなかったですね。とにかく、何かやり始めてみようということで岩木Pがスタートしました。

 

タバコを吸わなければいいということは誰でもわかりますが、どうやってそれを現実に変えていくのかという部分は難しい問題です。実際の社会でやってみないと答えが見えてきません。

 

また、短命に関係する生活習慣病(がん、脳卒中、心筋梗塞)は非常に多因子で、マルチな測定を行うことが必要です。そのビッグデータに多くの研究者が興味を示し、集まり、活性化や困窮した医師不足の中で、大学の活性化につながるのではないかということは、最初から感じていました。

 

しかし、そう思いながらも当初はお金も人もなかったので、出来るだけ安く始めようということで各方面からの援助等によって、細々と続けることができ、少しずつ大きくなっていった次第です。

 

そうして、2013年に文部科学省のCOI(センターオブイノベーション)プロジェクトに採択されました。このことで産学官民連携が一気に勢いづき、これまで測定できていなかった腸内細菌や全ゲノムなども測れるようになりました。そうなると、いろんな分野と組めるようになるので、さらにデータが集まりやすくなりました。

 

内科だけではなく、ほぼ全専門分野のデータも取れますし、様々な会社と組むこともできます。そういった形で大きくなっていきました。

 

岩木山の麓のリンゴ園。岩木町の見慣れた風景の一つです。

何千項目という途方もない項目数を解析するということ自体、類を見ないと思いますが、統計を取るにあたりかなりご苦労されたのではないでしょうか

そうですね。まずは、個人情報の関係もありますので、その部分はきっちりやらなくてはならないということがあります。

 

また、情報は出来るだけオープンにしたいとも思っています。こちらで情報を囲っていては、発展はありませんからね。今、30〜40の企業がこちらにきていますが、それはオープンにしたからであって、いくら測定データがあっても使えなければ企業は集まってはきません。でも、そうすると個人情報保護の点で多くの問題も出てくるので厳重なルールに法って行なっています。

 

データの解析には色々な手法があります、技術的なレベルの違いもあります。スーパーコンピューターを使ったいわゆるビッグデータ解析もそうですが、今まで考えつきもしなかったような組み合わせの解析ができます。例えば、腸内細菌と認知症の関係性、口腔内細菌と腸内細菌の関係性などです。データ項目が増えれば増えるほど数多くの組み合わせが指数関数的に増えてきます。

 

今までの研究者は、自分たちの分野のデータしか見ていませんでしたが、岩木のビッグデータでは、いざ解析を初めるとあれもこれも欲しいという状態になります。

 

通常のコホート研究は、可能性を検証するために行う研究で、その結果は説得力のあるものになりますが、お金や時間の制約があるので測定項目は少なく絞らざるをえません。

 

絞るということは、企業からの魅力は小さくなります。企業にはスピードが求められます。コホート研究にはそのようなデメリットがあります。

 

ある人から、研究というのは仮説があってそれを検証するものなのに、このプロジェクトはそうではないと言われたことがあるのですが、私は最近、仮説を検証するのではなく、仮説を探索するのが岩木Pだと思うようになりました。

 

要するに、健康というのはそう単純ではなく、様々なものが入り組んで出来上がっているのだから、そういったビッグデータ解析など多面的なさまざまの解析をやらなくてはいけないということですね。

 

解析についてはこちらのパソコンではできないので、東大や京大の先生に協力いただいています。スーパンコンピュータの利用です。この話を先生方へ持っていった時、すごく忙しいにも関わらず大変興味を示してくださいました。

 

しかし、こんなデータを見たことないから是非、やりたいとおっしゃっていただき、今では東大と京大、名古屋大学を巻き込んでビッグデータ解析チーム、私たちはドリームチームと呼んでいますが、ここで解析を行っています。

 

そうすると、全く違った遠く離れたもの同士の関係性もわかりますし、新しい物質の全身的健康意義を確かめる場所としても活用することができます。

 

教育、経済、文化、気候、気候などあらゆるものが集まって健康が作られているのですが、そうなると産学官民が集まってこなくては対処できません。

 

その真ん中(プラットフォーム)にあるのが岩木Pになります。しかし、本当に岩木Pに魅力を感じて集まってくるのは研究者と企業です。市民や自治体はそれほど関心は高くありません。私は、産官学民が一体化して連携した時に初めて健康が生まれると思っています。短命県返上です。

 

また、医療データ連携も大きなテーマの一つです。岩木の人が病院へ行った時に岩木Pのデータを示し、またそこの医療のデータを組み込む。介護施設へ行った場合はそちらとも連携する。そういったデータ連携ができるようになると、医療費の抑制やその人自身の健康管理にも役立ちます。その結果、より持続可能なものとなっていくのではないでしょうか。

 

これからは、測定されたデータの結果等がAIに組み込まれ、ライフスタイルにも影響を及ぼしていくのではないでしょうか

そうですね。ただ、いつも思うことは、健康になるということは大企業が100かかってきても実現できないことだと思っています。

 

要するに、金儲けが出発点になっても健康づくりは定着しないのです。そこにはリテラシーが大切になってきます。その基盤となる学校教育や企業の健康づくりは一見お金と関係ないものです(少なくとも初期の段階は)。そのような、お金にならないpublicな面と同時並行的に進めなくては、経済的利益を生み出す可能性が出てこない。これは大切な視点です。ここを見る人にはまだお会いしたことがありません。

 

しかしです。これまでの健康づくりというのは面白くなく、魅力がありませんでした。健康づくりのど真ん中、publicな面は大切ですが、これからは経済的な魅力も求められます。企業の参加、企業的活動の導入は必須です。

 

いずれにしても言えることは、根となっている岩木Pのデータは信頼で成り立っており、ここから枝を少しづつ伸ばしていき多くの活動につなげていくことが戦略としてとても大切だということです。なぜなら、岩木Pは岩木住民の方との固い信頼関係に根ざしており、それを活用することで社会の信頼も得られるからです。

 

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雄大な岩木山の遠景。これを見るだけで癒されます。

青森の皆さんに等しく、検診を受けていただくことは、一筋縄ではいかないのではないでしょうか

健康づくりの世界では3・7理論というのがあり、健康に関心のある人が3割、健康に関心のない人が7割と言われます。健診もこの3割の人を毎年相手にしています。だからこの人たちにはそんなに新しい病気、進んだ病気は見つかりません。

 

問題は、残りの7割の人たちです。そこをなんとかしないと根本的な解決にはならないのです。そこで言われるのが、3・7に分かれる前の子供時代の健康教育の徹底とか、あるいはお金や趣味など別のルートから引き込んでいく、などです。そう考えると、これは医学部だけの問題ではないですよね。だから、オープンイノベーションが大切になってくるのです。

 

今までのプロジェクトを通じて、先生はどのような成果があったと思われますか?

私自身は、普通の単純な成果とは違うと思っていて、プラットフォームとそれに伴う健康づくりの仕組みを作り上げて、パッケージ化する、それがこのプロジェクトの成果だと思っています。そこに段々と近づいているのが、成果の現れですよね。

 

簡単に言えば、きちんと分析して産学官民をくっつける、産官学民にとって魅力的なプラットフォームを作っていくということです。でも、そのプラットフォームというのは、産(企業)は利益を、学(大学)は研究を、民(市民)は自分の健康を、そして官(自治体)は医療費抑制をとそれぞれが違うベクトルを持っているので、これらをまとめて寄せていかない限り成立しません。

 

だから、岩木のデータを中心とした健診や医療ネットワークを通じて、自治体、市民への貢献を見える化するということが、最終的な私のプロダクトですね。

 

現在、先生が感じられている課題などあれば、お聞かせいただけますでしょうか

地方創生が課題だと思っています。町づくりに答えはありますか?ということを読者の皆さんに問いかけたいですね。

 

このプロジェクトに関しては、医療も大学も市町村や企業含めて、奇跡的に連携が取れ、上手くまわっていると感じています。そこが他所にはないところですし、だからこそ、イノベーション大賞が受賞できたのだと思います。

 

これまで国は町づくりにはお金はたくさん出しているけれど、結局はお金がなくなったら終わりです。だから、産学官民が連携することで、きちんと寿命が長くなる健康づくりができるという方程式の解として出すことが求められます。それが私たちの目指すものです。

 

先生から医療関係者の方々にメッセージをお願いできますでしょうか

健康というのは幅広く、マルチなファクターです。だからこそ、産学官民が一緒になって取り組まなければ進みません。

 

しかし、健康に関して言えば、やはり医療従事者が中心になるのが一番良いと思っています。患者さんを診ることも一つのファクターではありますが、それだけではなく、もっと真ん中にいるべき人が視野を広げ、手を挙げることで、健康づくりをの輪が大きく広がっていくのではないでしょうか。

 

青森県の市民の皆さんへ向けたメッセージもお願いします

私は長崎からこちらに来て40年以上になりますが、青森は本当に素晴らしいところだと思います。十和田湖ひとつ取っても、あんなに綺麗な湖はないですし、四季がはっきりして世界一美しい土地柄です。人情にあふれ、祭りなど多くの楽しみもあります。

 

しかし、短命県というのはなんとか脱却したいとも思っています。素晴らしい県で長生きすることが一番良いですよね。

 

これは、誰かが頑張れば良いということではなく、県民一人一人が意識を変えていくことが、県民全体の長生きにつながるのだと感じています。

 

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青森の湖と言えば、まず頭に浮かぶのは十和田湖

今後のビジョンについてお聞かせください

いかに、プロジェクトを継続するかということが大切ですよね。今後は、大学に加えて、もうひとつ法人を作り、さらに自治体や企業の助けももらいながら100年先まで続けていきたいですね。

 

そうすることで、今、開発されているスマートシティのようなものを実証する場所として皆さんが来てくれるのではないかと思っています。

 

最後に、現在は新型コロナウイルスがかなり世の中を変えていると思いますが、公衆衛生のオピニオンリーダーとして感じられていることはありますか?

昨今、グローバル化と叫ばれていますが、まさに新型コロナウイルスが象徴的だと感じてます。グローバル化がなければここまでならなかったわけですから。

 

それで、グローバル化に対応する医療に関して言うと、医療の手前の保健や予防も含めて、十分ではないということが今回の件でやはり明らかになりました。この騒ぎが首尾よく収束して。今回の反省点を生かせるようになることを祈っています。

 

もうひとつは、皆さん、テクノロジーが絡むと何でも良くなるだろうと思っているかもしれませんが、やはり、個人の生き方やつながり、そういったことが基本的に大切であって、そこから積み上げていくもの(社会)を忘れてはいけないですよね。その話題の中に岩木Pがあればいいと切に願います。

 

健康というのは結局、人から人へ伝えていく、諭していく、そうやって進めていくものだと思います。

 

まとめ

今回、青森ドクターズネットを作ろうと思ったきっかけは、本日取材させて頂いた中路先生に起業してすぐに面会させて頂き、お話をして頂いたのが始まりです。

 

ミライテコという会社を作り、青森の医療環境改善に貢献したいと思っていたのですが、弘前大学で先生とお目にかかり、このプロジェクトのお話を解説して頂き、「青森のために汗をかけるなら歓迎する!」とコメントを頂きました。

 

それから自分達の強みと貢献できるポイントを熟考し、青森のドクターや医療関係者と患者さん達をつなぐポータルを作ることが出来れば貢献できるのではないかと思い、企画を開始、準備を重ねてきました。

 

そして、今回サイトをOPENするにあたり、やはり一番に中路先生のお話を皆さんに知って頂きたいと思い、インタビューをお願いした次第です。

青森にこんな素晴らしいプロジェクトがあり、それも非常にオープンな場であることは本当に福音だと思います。

 

今回だけではなく、ことあるごとにこのプロジェクトの側面をご紹介出来ればと思っております。

 

中路先生とお話をしていると本当にワクワクしますし、また人としてどうすべきかという襟を正して頂ける存在です。こんな素晴らしい先生と出会える青森はやっぱり最高です。

中路先生、ご多忙の中、長時間のインタビューに応じて頂き、誠にありがとうございました。この場をお借りして、厚く御礼申し上げます。

 

 

 

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