このたびは、青森公立大学准教授である木暮祐一先生にインタビューをさせて頂きました。木暮先生というと携帯電話のコレクターとして有名で、全世界から注目を浴びています。
また、遠隔医療や携帯を活用したモバイル診療についても造詣が深く、様々な出版物の執筆をはじめ、関係学会の幹事、企業や自治体のアドバイザーとしても活躍されています。
そんな木暮先生にご自身のこと、医療のこと、未来のことについて伺ってまいりました。
ぜひご覧ください!
目次
- アカデミアの方面へ進まれたきっかけについて教えてください。
- モバイルが医療に与えた影響は計り知れないと思いますが、先生のお考えをお聞かせいただけますでしょうか。
- これからは、ウェラブルデバイスにおけるデータが予防医学に貢献するのではないかと思いますが、いずれ日本にも普及するのでしょうか。
- 今後は、医療機関にもITが参入してくると思いますが、それらが全て連動して形作られる日はそう遠くない未来なのでしょうか。
- コロナの関係で、青森県の飲食店を支援する活動をされていましたが、その経緯などを教えていただけますでしょうか。
- 青森県は日本一の短命県ですが、それを返上するためにITデジタルが貢献できるのではないでしょうか。
- まとめ
アカデミアの方面へ進まれたきっかけについて教えてください。
当初は企業側にいたのですが、情報通信政策や医療といった分野に変革をもたらそうとするには、企業側の立場よりもアカデミックの立場のほうが進めやすいと考えました。そこで、徐々にアカデミックの世界に足を踏み入れていったのですが、専任の教員になるまでは少し時間がかかりましたね。
一言で言うと、運がよかったのだと思います。
大学の教壇に初めて立ったのは2003年、企業に在籍したまま兼務という形で非常勤講師をすることになりました。東京都港区にある短期大学で、「携帯電話の活用を学ぶ授業」として講義を持たせてもらい、当時は画期的な講義として大変話題になりました。しかし、この時に大学で授業をするためには1年、場合によっては2年ほど時間をかけて手続きや準備をしなければならないということを知りました。
非常に厄介な世界だと思いましたが、それでも在籍していた企業は産学連携を重視した企業でしたので、積極的に送り出してもらえました。
ただ、その時点で私は学位を持っていなかったので、どうしてもアカデミアで活動するにしても何もできない立場でした。大学という組織の仕組みを知っていく中で、学位がなければ何も声を上げられない世界だということを痛感し、2004年に徳島大学大学院に入学することになりました。ただし、これも企業に勤めたまま、さらに東京での非常勤講師も兼務の上での入学ということになりました。
東京から徳島へ通い研究を進めていくという、飛び回るような生活が始まったわけですが、それまでに多数の著書、著作があり、これらを論文と同等のものと認めていただけたことで修士課程を飛ばして一気に博士課程へ進学することができました。ここで最短の3年で博士号を取得し、そこから大学の専任教員へと転身することとなりました。
モバイルが医療に与えた影響は計り知れないと思いますが、先生のお考えをお聞かせいただけますでしょうか。
私は元々大学で医療や健康分野について学んできました。そうした大学生の時に自動車電話やショルダーホンが登場してまさに「通信を持ち歩く」という世界が始まったタイミングで、その新しい技術にカルチャーショックを受けたものでした。
それからたったの30年でスマートフォンへと進化を遂げ、そして世界中にあまねく広まり、誰もが当たり前に使う機器になったという部分においては、世界を大きく変えた道具と言っても過言ではありません。
かつて、電磁波の問題をはじめとして携帯電話は医療の世界では非常に嫌われた存在でした。しかし、私としては大好きな携帯電話が嫌われるということに納得できなかったですし、どこでも通信できるというメリットを生かせばいずれ医療の世界でも必要とされるものになるはずだと考え、社会人学生として入学した大学院での研究テーマに「遠隔医療分野への携帯電話の応用」について掲げることにしました。
通常、入院患者さんは経過を観察するために、ベッドサイドのモニターとつながれています。研究当初、病院内のナースステーションにあるセントラルモニターでその様子を確認することはできていたのですが、患者さんの容態が急変すると先生を呼ぶ必要が出てきますよね。
当然、呼ぶためには電話を使うことになるのですが、その時に先生の携帯電話で患者さんの生体情報を視覚によりリアルタイムに見ることができたら良いのではないかと考え、そのシステムを試作しました。当時はまだガラケーでしたが、アプリでこれを作って実証し博士号を取ることができました。
研究を進めていく中で、「正しい情報が得られず患者さんが死んだらどうするんだ」という反発やご指摘は山ほどあったわけですが、本来は音声通話による状況説明しかしないところに、プラスアルファの視覚的情報を加えることになりますからマイナスになることはない、という理屈でご賛同いただくことができました。
当時、携帯電話の進化は著しいものがありましたが、ディスプレイがカラーになったのが2001年、そして2003年から画面解像度が飛躍的に向上し、この研究に取組む頃には初期のパソコンの解像度と同じVGA規格のものが携帯電話に備えられるようになり、それだけの解像度があれば当然波形データも見られるようになっているだろうという想定のもと行った研究でした。
この研究ではNTTドコモのiアプリ対応機種を使いましたが、中でも三菱製と富士通製の携帯電話であれば通話をしながらアプリを立ち上げられるマルチタスク機能が搭載されていましたので、会話しながらまさにディスプレイで波形を確認できるという使い方が可能でした。
私が学位論文を書いた2006年の翌年には米国でiPhoneが登場し、翌2008年にはアプリに対応したiPhone 3Gが全世界で発売され、海外で続々と医療用アプリが作られるようになりました。私の場合は、日本の携帯電話が世界に先駆けて高機能であったことで、タイミングが良く世界に先駆けて遠隔モニタリングシステムを作ることができたということになります。
世界で利用され始めた様々な医療用アプリが、日本では様々な規制があることで簡単には医療分野で活用できないことが多く、もどかしさを感じるようになりました。以後、医療の世界におけるITの活用推進に向けたアクションに様々な形で関わっていくことになりました。
例えば、アメリカではFDA(米食品医薬品局)が医用機器認証を行っています。iPhoneなどのスマートフォンを利用する医療用アプリが続々と認証を受けて、人々の命を救っています。しかしながら日本では医療用アプリの医療機器認定が事実上不可能でした。2014年の薬事法改正によってようやく、プログラム単体で医療機器を規制するという流れができ、実現可能に近づいてきました。
最近ではApple Watchに心電図機能が載っていますが、日本ではこの機能は使えない状態です。なぜなら、日本ではApple Watchを医療機器として認定を受け、それを販売するまでの手続きがとても煩雑だったからです。しかし、徐々に規制緩和も進み、Apple社の努力もあって進み始めてきました。
また最近では、スマートフォンを通じて診察を受けるサービスが世界各地で登場しています。インドではDocsAppという、チャットで先生に相談できて診察が受けられ、投薬で済む場合は薬が数時間で配送されてくるというサービスが始まっています。
いわゆるオンライン診療の先駆けですが、医師不足という社会課題の解決につながっています。同様なスマートフォンによるオンライン診療サービスは、イギリスや中国、シンガポール、マレーシアなど各地でサービスされています。
残念ながら日本ではオンライン診療推進の動きもありましたが、初診は対面原則とされてきたためにこうしたサービスが実現できないままでした。皮肉なことに今般の新型コロナウイルス感染症の蔓延によって、時限措置で初診でのオンライン診療も可能になりました。
もしかしたら世界で普及し始めているスマートフォンを通じたオンライン診療が日本でも広がるかもしれません。これは都市部ではもちろんのこと、簡単に受診できない環境にある地方でももっとニーズがあると思っています。
これからは、ウェラブルデバイスにおけるデータが予防医学に貢献するのではないかと思いますが、いずれ日本にも普及するのでしょうか。
私も期待はしています。ウェアブルデバイスも新しいものが出ると片っ端から買って試してみるのですが、割とこの手のものはスポーツ分野から参入していることもあり、一般の人は使わないだろうというと思われていました。しかし、Apple Watchのおかげで、だいぶ、一般にも浸透してきたと思います。
心拍データはいろいろなことに応用できることがわかってきており、最近のウェラブルの多くは心拍計測機能が標準的に搭載されるようになりました。心電図R-R間隔(RRI)とか、ピーク間隔(PPI)と呼ばれる、心拍のゆらぎの計測によって心身の緊張やリラックスといた状態がわかります。
これの応用で、ストレスのモニタリングなどもウェラブルで可能でしょう。例えば、2015年に労働安全衛生法が改正され、50人以上の事業所では従業員のストレスチェックの実施が義務付けられました。大半の事業所では年1回程度、調査票によるストレスチェックで済ませるところが大半ですが、本当はこういうところでウェラブルを使っていただいて従業員の健康状態をモニタリングしてもらったほうが多くの方の健康上の役に立つと思います。
生体情報計測は、いろいろなジャンルに応用することができ、そこからビジネスが広がっていきます。日本が今後、進んでいくべき分野ではないでしょうか。
今後は、医療機関にもITが参入してくると思いますが、それらが全て連動して形作られる日はそう遠くない未来なのでしょうか。
そのデータをどういう風に集めて社会に役立てていくのかが重要かなと思っています。韓国では、日本のマイナンバーに相当する住民登録番号にすべて紐づいていて、カード一枚持っていればそれが身分証明書になったり、診察券や保険証代わりとして使えていました。中国や米国など、世界ではこうした国家主導の共通番号制度が定着しています。
一方日本では共通番号には反発が多く、住基ネットも八方塞がりの状況でした。そうした中、わが国では誰もが携帯電話を持っており、この携帯電話にいろいろな情報が集まってくるような状態でした。そこで医療・健康情報もいっそのこと電話番号に紐付けてしまって情報を集められるのではないかと提案したこともありましたが、それはけしからんという声があり前に進みませんでした。
そうこうしているところ、2014年にAppleはiPhoneでHealthKit(ヘルスケアアプリ)をスタートさせました。これこそ、ユーザーのあらゆる健康データをスマートフォン= Appleに集約させる仕組みです。電話番号に代わってApple IDに医療・健康情報が紐づいたようなものです。携帯電話先進国だった日本がここを出来なかったのは非常に残念ですよね。
日本はデータの取り扱いにシビアですが、上手く活用できる仕組みが重要です。今はどうしても、データの活用というところまで考え方が広がっていかず、電子カルテにしても全て病院の中で閉じてしまっているので有効活用できていないのが実情ではあります。
医療は病気になってからのものですが、その前の段階で健康状態を保ち、病気にならないようITによって人々の健康を高めることができる社会を作れないものかと模索しています。
コロナの関係で、青森県の飲食店を支援する活動をされていましたが、その経緯などを教えていただけますでしょうか。
ITの世界はスピードが大切です。私が在籍している地域みらい学科は、地域の課題解決のために先生方が得意分野を生かして様々な取り組みをしています。私はITの分野を担当していますが、医療やヘルスケア関連はもちろん、市民のために必要なITの応用を行なっています。今回たまたま取り組んだ飲食店支援の仕組みは、必要とされたい人と必要な人をITによってつないだ事例です。
たまたま、緊急事態宣言が発令されたあとの4月11日に、親しいレストランオーナーから連絡があり、外出自粛で飲食店が窮地に立たされている中で「どうやら他の地域ではテイクアウトが主流になりそうで、それなら青森でもやったほうがいいよね」という相談が来ました。
そこでウェブデザイナーの知人が協力してくれて土日の間にウェブ構築し、サンプルになるお店20店舗くらいに協力してもらって「あおもりテイクアウト」というサイトを立ち上げました。4月14日には記者会見をして正式リリースとし、その後は飲食店様から掲載依頼があれば学生が手伝ってくれて順次ウェブに掲載をするという形をとりました。現在130件ほど掲載しています。
ゴールデンウィークまでのページビューは1日25,000〜30,000ほど。青森市内のお店しか載せていないので、大変多くの市民の皆様に閲覧いただいていることになります。「お店の料理が食べられて良かった」という声もありましたし、「これをきっかけにテイクアウトにシフトすることができた」「次の来店につなげることができた」というお話をいただいて嬉しかったのですが、これはまさにスピード勝負であり、構想から1~2週間待っていたらきっとタイミングを逃していたことと思います。たまたまIT業界に関わっていたということもありスピード感がわかっていたので、それが染み付いていたのだと思います。
私が青森へ来て一番感じたことは、ネットで検索をしてもお店の情報が出てこないことです。今回の掲載店の半分以上はWebもSNSもしていませんでしたし、メールさえ使っていないところもあり、情報提供を行うのが結構大変でした。ただ、そういうお店をたくさん知ることができたので、自分としても行きたい店の情報が山ほどいただけてやって良かったと思っています。
青森県は日本一の短命県ですが、それを返上するためにITデジタルが貢献できるのではないでしょうか。
短命県対策として食生活の見直しや運動がクローズアップされていますが、本当に必要なのはもっと医療にアクセスしやすい環境にしていくことではないでしょうか。青森県の皆さんはそれほど不満に思っていないかもしれませんが、東京に比べると医療へのアクセスはかなり不便だと感じます。
青森市内でも病院へ行くと1、2時間待たざるを得ないですし、半日はどうしても潰れてしまいます。東京であれば、オフィスビルの中であるとか身近なところにクリニックがあるので仕事の休憩がてら行くことができますし、予約システムも整っていて待たされることも少ないわけです。青森ではそういう環境がないため、敢えて医療から遠ざかってしまっているのではないでしょうか。色々と我慢してしまっていることが、最終的に短命につながっているのではないかと思っています。
だからこそ、ITを使うことで医療にアクセスしやすくなりますし、もっと健康に関して身近に考えられる機会が得られると思います。スマートフォン向けに様々なヘルスケアアプリが用意されています。そうしたアプリを立ち上げることができれば、それが行動変容に繋がりますし、健康に関して向き合うタイミングが増えてくるのではないでしょうか。
これからは、もっと青森でICTを普及させていきたいですね。スマートフォンを持つことで可能性が広がりますし、それにつながるヘルスケアや健康サービスは山ほどあります。そういったものを一人でも多くの人たちに知ってもらうことで県民の平均寿命を伸ばせると考えています。
まとめ
皆さん、いかがだったでしょうか?
色々と目が開かれた内容ではなかったでしょうか。
日本はテクノロジーの進んでいる国だと思っていましたが、知らないうちに中国に抜かれているような現状もあり、お話を伺って、うかうかしていられないなと感じた次第です。
先生もお話頂いた通り、コロナウイルスのお陰で医療はICT化に加速がかかったと思います。
青森は日本の中でもITの遅れている地域と言われていますが、こんな素晴らしい先生がおられるのですから、色々と先取りしやすいのではないかと感じる次第です。
木暮先生とその活動は今後も追っていきたいと思っております。木暮先生、お忙しい中のインタビューにご協力いただき、ありがとうございました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。